Sunday 10 July 2011

冬のオーストラリア6

1 シドニーへ

今日は夫の両親とシドニーのホテルに泊まり、
明日の朝そのまま日本へ出発するので、
ここ地元ともお別れです。

朝食の後、義祖母の家に顔を出し、
お別れを言いました。


4人で車に乗ってシドニーのホテルに行く途中、
義父方の祖母にもごあいさつに伺います。
こちらの義祖母も今年90歳になります。
長寿の方がたくさんで、なによりです!

2 Chinese Garden

ホテルに荷物を置き、近くにある
中国庭園まで歩きました。

この辺りは中華街となっているので、
周りの道路や広場の雰囲気はまるでアジア。
道路の真ん中に車を止める人も!


庭園は都心にあるとは思えないほど広く、
池を囲んで伝統的な彫刻を施された門や壁が
人々の目を引きます。

どんな庭園もそうですが、
人が手を加えた自然の美というのもいいものです。
心和みます。

中国菓子と中国茶で一休み。
 この庭園はシドニーの有名観光地の一つ。
多くの観光客が園内を散策しています。


3 夕食

庭園から戻り、ホテルで一休みしてから
夜のチャイナタウンへ繰り出しました。

夕時のチャイナタウンは特に活気があります。
他の地区では見られないであろう、熱心な呼び込みや
メニュー配りが各店の前で行われています。
商売熱心。アジアそのもの。

この辺りは見渡す限りアジア系の人ばかり。
中華料理、韓国料理、日本の赤提灯もあり、
どこも賑わっています。

昔は街の一角だったチャイナタウンもどんどん広がり、
今ではシドニー中心部の多くを占める勢いだそう。
不動産やビジネスはどんどん中国系により所有され、
もはや破竹の勢いでネットワークが広がっています。


義父がウイグル料理レストランへ連れて行ってくれました。
ウイグルは西中国に位置しロシアや東ヨーロッパに近いので、
店内の伝統的な油絵にはヨーロッパ系の人が多く描かれています。
デコレーションも面白い。

料理も私たちが思い描く中華とは少し違います。
野菜炒めや炒飯などは中華風ですが、
シシカバブのような羊肉や鶏肉の串焼きもあり。
とにかく変わっていてとても美味しかったです!
初めてのウイグル料理、いい経験でした。


食後、近くのショッピングモールを物色していたら
日本風のロリータファッション?店を見つけました。
店員さんも日本人のようです。

韓国あたりから取り寄せた服だろうか、と
タグを見てみると、なんとも高価な値段にびっくり!
競争率が低いですからね…。


いよいよ明日、帰路につきます。

元々は2週間ほどオーストラリアに滞在し
1週間はメルボルンを旅するつもりだったのですが、
フライトを予約したのは震災後の『自粛モード』の時。
ぱあっと旅行をする気にもなれず、
義祖母の誕生日のための帰省のみにしたのでした。


それにしても久しぶりのオーストラリアは良かった!

青い空、澄んだ空気、ゆるやかな時間、
奇麗な自然と町、リラックスした人々。
それになにより多文化主義。

本当に癒され、住人が羨ましいと激しく思ってしまう。
アジアのお金持ちがこぞって移住してくるのも納得。

リラックスしすぎて他の世界から
かけ離れすぎている面もあるので、
私たちは将来リタイアしたら住みたいかな…。


でもまだまだ旅したい所はたくさんあります。
西オーストラリア、ウルル、メルボルン、
そしてタスマニアも。
一生かかっても旅しきれません。

また来ます!

Friday 8 July 2011

冬のオーストラリア5

1 散歩

朝早く起きて、近所を散歩。

透き通るような青い空。
思い思いの方向に伸びるユーカリの木に
白いオウムが止っています。

変わった鳥や動物がたくさん。
日本の朝は、小鳥の「チチチ」という声で心地よく目覚めますが
こちらは「ギャーギャー」とまるで猿の戦いよう。

小川を辿って公園の中を歩き、
やがて住宅地へ入りました。

住宅地といっても
広い敷地の中にたっぷりの庭と木を残して
その中央に家があるので、
森を歩いているような感覚です。
古い家もきちんと残っています。
地価高騰で不動産に投資する人が多いので、
少しでも高値で売るために丁寧に管理します。
古い家はそれはそれで価値があるのです。

多くの人が家に興味があり、
「あれは50年代の家だ」などと
すぐに言い当てることができます。
インテリアや庭作りへの情熱も
ただならぬものがあり、
テレビや雑誌でも家関係の話題が多い。

2 Berrima

朝食の後、車で数十分ほどのところにある
可愛らしい町に連れて行ってくれました。
Berrimaは歴史ある町ですが、最近では
シドニーあたりから退職者が移住してくることも多いので
都会の人の避暑地のような存在でもあります。


1838年に建てられた裁判所(今は資料館)の周辺には
石やレンガ造りの建物が立ち並び、
開拓当初の面影を残します。

ちょっとしたショッピング小道には
レンガ造りの長屋に、これまた可愛らしい
雑貨屋さん、香水屋さん、お茶屋さん、
革製品屋さんなどが入っています。

どこも地元産のハンドメイドのものが売り。

小さな町ながら、それぞれに個性があり
センスが光ります。


私はアロマオイルと石けんを探していたので、
香水屋さんに入りました。

クリームやオイル、香水などが
たくさん置いてあります。
奥にフランス系っぽい店のおじさんがいて、
陽気に話しかけてきます。
奥さんが香水調合師で、ここの製品はすべて
オーストラリア産の植物で作ったのだとか。

たくさんの種類の石けんがあって
迷ってしまいます。

おじさんはバカ正直に
「向こうの店にはヤギミルクの石けんが
ここより安く手に入るよ」と
暴露していましたが…

高級感あるアロマ石けんに惹かれて
いくつか購入しました。
特に好きな香りはfrangiapaniとlemon myrtleです。

そして当然、すぐ近くの店で
ヤギミルクの石けんを手に入れました。
評判のヤギミルク石けんは
床から目線の高さのところまで積み上げられていて、
カットしたものもあれば大きいブロックのままのものも!

ヤギミルクタワーを写真に収めておくんだった…


お茶屋さんにはお茶はもちろん
ジャムやソースもずらり。

ハーブや花を調合したお茶も楽しいけれど、
オーストラリアならではのお茶は
素朴なbilly teaやbush tea。

horse raddishというわさびに似た薬味野菜は
私の大好物なので、
ペーストの瓶詰めを買いました。


さて、ショッピングを楽しんだ後は
向かい側にある資料館に寄りました。
1800年代に建てられた、監獄と裁判所です。

いかにもイギリス風の石造りの建物。
監獄と言われたら恐ろしい気もしますが、
普通に見たら古い城のようでもあります。

年代物の家の話になると、みんな
「日本の歴史とは比べ物にならないけど」なんて言いますが、
実際日本で1700〜1800年代築の建物なんて
あまり見かけないような気がします。
木造の上、度重なる戦争や災害がありましたから…


次は、アンティーク屋さんです。
ガレージのような広い店内には、
ありとあらゆる分野のアンティークが揃っています。
欲しいものがたくさんあって…
散歩中に立ち寄った地元の人が
夢中になって店内を物色しています。
何度訪れても毎回何かしら目新しいものを発見する、
宝探しの迷路のような場所です。

食卓に上るフランス製の大皿も、日本製のカップも、
祖先から受け継いだものの他に、
こういう場所から一つずつ集められるんですね。

3 お茶会

家に帰ると、義母はお茶の支度にとりかかりました。
義祖母、叔母たちが集まるお茶会用です。

皆には昨日も会ったばかりですが、
私たちは明日ここを発つことになるので、
できるだけ多くの時間を
家族と過ごさなければなりません。
近所のケーキ屋さんや
パン屋さんで買ったお茶菓子を並べます。


ここで、暖炉に初めの火を焚くために
外で小枝を拾ってくるという仕事を任されました。

「よしっ!」
外はとっても寒いのですが、
私は意気揚々と小枝拾いに出掛けます!
暖炉に焼べる小枝を森で拾う……
なんともロマンチックではありませんか。
まるでグリム童話の主人公のよう。

が、ものの5分もしないうちに「もういいよ」と言われ…
夢は一瞬にして終わってしまいました。
10本ほどの小枝を手に、
やりきれない気持ちで家に戻りました。
無安打に終わりグラウンドを去るバッターのような心境です。


テーブルは奇麗に飾り付けられ、
義祖母や叔母さんたちが集まり、
おしゃべりが始まりました。
色々な話題が飛び交う中、
途中で加わった隣人が、なにやら
近所でニワトリが迷子になったという情報を持ってきました。

2軒先の家だというので、野次馬の私と夫、義父は
行ってみることにしました。
ふむふむ。なるほど、ニワトリ探しています!

ところが、隣人の旦那さんは
そのニワトリを見つけるや否や、
自分の管理している農場に持って行ってしまいましたとさ!

いやはや、平和ですなあ…

4 夕食

皆が帰り、お茶とおしゃべりでお腹もいっぱいですが、
両親がトルコ料理レストランを予約してくれました。


トルコ料理レストランは
テイクアウトもできるカジュアルな場所。
両親一押しのお店なんだとか。

おしゃべりなトルコ人のコックさんは
皆の前で珍しい料理を作って見せてくれたり
説明してくれて、楽しかった。

テーブル一杯のトルコ料理!
さすが世界三大料理の一つ、どれも奥が深い。

食文化の深さは日常食で分かる気がします。
何気なくシンプルな食材でささっと仕上げた料理が
想像以上に美味しいときは、ただ者ではない。

コックのおじさんとの会話も楽しみながら、
お腹いっぱいトルコ料理を楽しみました。


帰り道、寒い夜空には満天の星。
南半球は北半球に比べ、大気汚染が格段に少ないので
星がたくさん見えます。
ミルキーウェイをずっと眺めていたかったのですが、
寒さに絶えきれず、家に入りました。

暖炉を囲んで家族団らん。


明日はシドニーに行きます。

冬のオーストラリア4

この日は義祖母の90歳の誕生日。

義祖母と義叔母たちの家で
朝のお茶会から始まりランチを経て
夕方まで過ごす予定です。


朝食には義父が用意してくれた
みそ汁、ご飯、ニシンの薫製をいただき、
義母が生花を調達しに出掛けました。

私も持参した浴衣に着替えるため、
後片付けを男性陣に任せて
着付けにとりかかります。
和服類は初めてだったので、
友人に教わったにわか仕込みの着付けで
なんとか時間内に形にしました。


早速、車で5分ほどの場所にある
義祖母と義叔母たちの家へ。

皆、尋常ならぬ勢いで喜んでくれました。

それほどに孫は可愛いものなんですね。

完璧なテーブルコーディネートで
用意されたお茶とお茶菓子をいただきながら
会話も弾みます。

ランチはローストポークと野菜、
リンゴのソースとグレービーソース付き。

別の場所を貸し切ってのパーティーや
特別豪華な手料理も考えたそうですが、
本人の希望で普通のローストポークになったそうです。


それでも馬鹿にできない美味しさ。
素材もいいし、焼き具合もいい。
野菜にはしっかりと肉汁の味がしみ込んでます。
思わず焼き方を尋ねてみましたが、
長年の貫禄が感じられる味なので、
これを自分で再現するのは難しそうです。


義祖母は誰からも愛される人なので、
この日も世界中の友人から
お祝いの電話が鳴りっぱなし。
落ち着いて食事をすることもできませんでした。

電話だけでなく、カードや花束も各地から届き、
大きな家の中が花の香りでいっぱいでした。
義祖母のすばらしい人柄が表れているようです。

ちなみにこの後数週間にわたって、
電話や贈り物が絶えなかったそうです。


素敵な一日でした。

Wednesday 6 July 2011

冬のオーストラリア3

1  植物園(Royal Botanic Gardens)

爽やかな朝。
近くの植物園まで散歩に行きました。

丁寧に管理されているここの植物園は
都心にあるにもかかわらず規模が大きく、
オペラハウスのすぐ隣にあります。

片方には高層ビル群、
片方には海。

都会の喧噪の中、ここでは
時間の流れが緩やかに感じます。
通勤・通学途中の人がちらほらと、
本を読んだり朝食を食べたりして
朝のひとときを静かに楽しんでいます。
ジョギングをする人もいます。

5人ほどの庭師や専門家が
それぞれの植物を見て回りながら、
話し合い、管理具合などを確認しています。

あのグループの一員として働けたら、
毎日どんなに楽しいだろうか…と
夢見てしまいます。

やっかいな人間とではなく、
植物と対話していればいいのだから
こんなに癒される仕事はありません。

広い園内を散歩して回ると、
少しお腹がすいてきました。

ホテルへ戻る途中に、通勤者が通う
小さなパン屋さんがあったので、
パッションフルーツやナッツが沢山入ったヨーグルトを買って
ホテルで食べました。

2 Bowral

チェックアウトを済ませると、
義父が迎えにきてくれました。
久しぶりの再会です。

これから夫の実家へ行きます。

実家はシドニーから車で1.5〜2時間ほど南に行った所。
わざわざ迎えに来てくれなくても良かったのですが、
親切にも運転してきてくれました。

夫にとっては1.5年ぶりの父との再会。
積もる話もあるのでしょう、
車の中ではおしゃべり通しでした。


実家に着くと、
なつかしい義母が笑顔で迎えてくれました。

挨拶をしてお土産を一通り交換した後、
私たちのために改装したり手入れをしたという
家を隅々まで見せてくれました。

新しく買った大きなアボリジニアートが掛けられていて、
生花が飾られ、
部屋部屋のベッドや家具がきれいに設えられています。
何ヶ月も前から準備してくれていたそうです。

庭に出ると、東北の地震があった日から
作り始めたのだという、日本風庭園がありました。
この庭園で被災地のことを祈っていたのだとか。
白い石を敷き詰めて、周りに置き石や草を配置し、
まるで京都の枯山水の庭のようです。

相当な労力だったことでしょう。
デザインのことで夫婦喧嘩もしたというし、
草を処理したり、石を敷き詰めたり、
アンティーク店で日本の置物を集めたりも
したのですから。

庭の一角にある家庭菜園も見せてくれました。
チンゲンサイもできていました。
冬なのに緑の野菜が育つんですね。

ここBowralは、シドニーとは違い
東京の冬よりも寒いくらいです。

それをすっかり忘れていたので
今回は冬用の上着は持ってきませんでした。
十分くらい庭に出ていただけで
ぶるぶると震えて家の中に逃げ込みました。
暖炉の火が有り難い。

義母がアフタヌーンティーの支度をしていました。
西オーストラリアの伝統あるフルーツケーキや
地元の砂糖菓子などで、日本茶をいただきました。
ほっとするひととき。

アンティークのカップを使う時&洗う時は
いつも緊張します。この緊張感が
エレガントな雰囲気を作り出すのかもしれませんね。


夜は義母がモロッコ料理を作ってくれました。
4時間もかけて低温で調理したラムのタジンと
アップルクランブルというデザート。
タジンには庭から採ってきたミントと
レモン、スライスしたアーモンドを添えて。


タジン料理にはクスクスを付けます。
クスクスは日本ではあまり馴染みがありませんが、
オーストラリアではかなりポピュラーのようです。

とても美味しくいただきました。

冬のオーストラリア2

1 空港→ホテル(Circular Quay)

約二年ぶりのオーストラリアです。

ビーチに行きたいし、
カフェやレストラン巡りしたいし、
ショッピングしたいし、
ホテルでのんびりもしたい。

もう興奮気味で朝のシドニーに
降り立ちました。

しかしそんなウキウキ気分も
沈んでしまうくらい、
シドニー国際空港は混んでました。

出国手続きに小一時間、荷物検査に一、二時間でしょうか。
空港内は人の列が大蛇のようになって
びっしりと詰まっています。

もう少しどうにかならないかな…。

待っている間、その辺にあった
オフィシャルガイドブックを手に取ってみる。
日本語版は英語版に比べてかなり薄い。
そして、内容もなんだか滅茶苦茶。
直訳的な日本語だし、同じ文が別のコラムにペーストされていたり。

この適当さ。

オーストラリアに来たんだなあ、と
妙に実感しました。


荷物検査にたどり着く前に、
検査員が適当に私たちのパスポートなどを
チェックし、横道から通してくれました。

夫が両替をしている間、青い空に誘われて
空港から少し出てみました。

澄んだ空に、きりっとした奇麗な空気。
これこれ。いかにもシドニーらしい、ポジティブな雰囲気です。
心身の緊張が急にとれて、ハンモックにぶらり身を任せた気分。
思い出しました。

空港からメトロに乗ってホテルのあるCircular Quayへ。
運賃は高かったけど、中心部に行くには便利です。

街の様子は変わっていません。
ビジネスマンがカフェで朝のミーティングをしていたり、
メッセンジャーが行き交います。


ホテルへは早めに着きましたが、
チェックインをさせてくれました。

シャワーを浴びて、着替えて、さあ、出発!

2 ランチ

オーストラリアは多民族国家なので、
様々な文化を楽しめるのが良いところ。
街を歩いていると、よく聞いたことのない言語を耳にします。

イタリア系移民から発展したカフェ文化は強く根付き、
スターバックスなどチェーン店は見かけません。
街の至る所でコーヒーの香りが漂います。

日本ではあまり見かけない
本格的な東南アジア料理や中東料理は、
私がオーストラリアで一番に食べたいもの。
しっかりと人々の日常食となっています。


ランチは、マレーシア料理。
前もって現地の人に聞いてここ!という場所を教えてもらいました。
ホテルのすぐ近くにその店はありました。


ココナッツミルクがベースの
マレーシアの 麺料理、ラクサです。
小さくて簡単な作りのファストフード店の出で立ちですが、
昼時で多くのビジネスマン&ウーマンで賑わっていました。

皆、スープが服に飛び散るのを恐れもせず…
そのくらい、病みつきになる味なんです!

それにしても、麺も鶏肉もスープも
食べても食べてもなくならず…
さらに青唐辛子をトッピングしたものだから
美味しいけれど激辛。

汗をかきながら、夫に手伝ってもらって平らげました。
夕食いらないくらいの満腹ぶり。

皆これを日常的に食べるのか!?
オージーの胃袋の大きさ、恐るべし。

3 ビーチ(Bronte〜Bondi)

お腹がいっぱいになったところで、ビーチへ!

ビーチに行かずして、
シドニーに来た意味はありません!
ということで、バスに乗ってBronteビーチへ向かいます。

ManlyやBondiが有名どころですが、
他にも奇麗なビーチがたくさんあります。


いつも思うのですが、バスがわかりにくい。
普通のバス停には路線図、行き先が書かれていません。
バス内にもアナウンスや路線図がありません。
だから、地元の人のみ行き先を知っているのです。
観光客などは運転手さんに聞くしかありません。

運転手に話しかけて「行かないよ」と言われ、
おろおろした人をよく見かけます。
乗ったところで、どこでブザーを鳴らすのか、
どこで降りるのか、初心者は全くわかりません。

観光地でもあるのだから、
これは改善してほしいポイント。


なんとかBronteエリアに到着。
長年続く地価高騰と住宅購買競争で、
海に近い所はさぞかしリッチな場所なんだと
思っていたけれど、結構落ち着いた所でした。

小さなパン屋さんで懐かしの
Anzacビスケットとginger man breadを買い、
妙にうれしくなってしまう。

パン屋でアルコール中毒らしき
二人の男性が立ち話をしていた。
「洗濯をしたから来春には乾くだろう」と。
こういう光景もまたオージースタイル。


15分くらい歩いただろうか。
ターコイズブルーに輝く透明なBronteの海と、
真っ白な砂浜が見えてきました。

海岸沿いは、すきっとするシドニーの冬らしい風が吹いています。
とはいえ、寒くはないので夏らしい格好をして走っている人が
たくさんいます。

こんな奇麗な近所でジョギングや散歩や水泳ができるなんて、
羨ましい生活です。


海水浴シーズンではないのであまり人はいませんが、
少年たちがサーフィンの練習をしていて、
傍らのプールでは年配の方々が優雅に泳いでいました。

なんと70〜80代くらいのおばあさんも
泳いでいました。健康的!


せっかく来たので、海岸沿いを
Bondiビーチまで歩くことにしました。

一つ小さなビーチを通り過ぎると
大きなBondiビーチが見えてきます。

なにやらにぎやかなイベントをしているよう。
近づいてみると、スケートリンクが!
皆完全に夏の格好でスケートしていて、
横では大きな機械が一生懸命リンクを冷やしてます。

最高のスポーツスポットを目の前にして、
わざわざスケートしなくても…と
反エコを感じてしまいました。

4 ディナー

ホテルに戻り、
Rocksという開拓時から栄えた古いエリアを歩いてから
夕食をすることにしました。
全くお腹は空いていなかったけれど、
折角のシドニーの夜なので、おしゃれをして出掛けます。


夜になると肌寒く、
秋用ジャケットとマフラーで体を温めながら、
古い町を歩きます。

平日の晩だからでしょうか、
閉まっている店もありますが、
開拓当初からある建物はどれも
味があって、歴史が感じられます。

港をのぞむオープンレストランで
食事をすることにしました。
イタリア料理屋さんだったので、迷わず
日本ではあまり食べられないラザニアを注文。

赤ワインを楽しみながら、オペラハウスを眺めます。
シドニーに来た甲斐あり!

レストランの床や壁に敷き詰められた岩は、
開拓時に送られてきていた囚人が作ったもの。
それぞれに金属の棒のようなもので削った跡があり、
相当な重労働だったことがわかります。
それも、賃金は払われなかったのだから、
その人々のことを思うと胸が痛みます。

レストランを出て少し散歩でも、と思いましたが、
寒かったのでホテルに戻りました。


夫がホテルのラウンジで旧友たちと再会している間、
私は大きなバスタブにお湯を張って
ゆっくりと体を温めることができました。

Tuesday 5 July 2011

冬のオーストラリア1

夫の家族に会いに
オーストラリアへ行きました。

向こうは真冬ですが、
こちらは連日暑い日々が続いてます。

とにかく涼しい所へ行きたい!


今回はベトナム航空でホーチミン経由。
あまり長距離フライトが好きでないので、
あえて乗り継ぎ便を選びました。


朝成田を出発し、
機内で映画を3本ほど立て続けに観て
午後早くにホーチミン到着。

ベトナムは大好きで、
今まで2回旅行で訪れています。
この日も可能なら市内に出たかったのですが、
夫はビザが必要なので、断念。

また来ることもあるでしょう…


ホーチミン空港は新しいので
DUTY FREEショップが充実し、
illyカフェやレストランもあります。
2、3時間なら軽く時間つぶしできるかな。
でも今回は8時間。

ほとんどの店が
USドルかドンでの支払いなので、
いつかのアメリカ旅行かベトナム旅行の
余りのUSDを持参し、カフェに遣いました。

ベトナム価格ではないので、注意。
水のペットボトルでも3ドルくらいします。

illyカフェにはソファ席もあり、
とてもリラックスできます。
パソコンやブラックベリーで仕事をする
ビジネスマンも見かけます。
場所によってはwifiもいけるので便利。

ベトナム航空は乗り継ぎの待ち時間が長いと
食事券をくれるので、夕食時には
空港内のベトナムレストランで
フォーを無料でいただくことができました。

夜遅くになると
日本人観光客が増えてきました。
大震災の後にもかかわらず、元気に
旅行をしている姿を見るとほっとします。

椅子に横になって眠ったり、
テレビを観たりして真夜中まで過ごし、
いざシドニー行き飛行機に搭乗です!


飛行機はスコールの中出発しました。
窓から見えるものといったら、
雷ばかり……

さすがに落ちるかと思いました。

窓を閉めて、真っ青(な気分)になりながら
目を閉じて眠りに落ちるのをひたすら待ちました。

Monday 4 July 2011

オーストラリアドルへの両替

オーストラリア旅行に行く際、
両替コストが高い!と気づく方が多いと思います。

例えば今のUFJ銀行の現金両替レートは以下。
USD 売79.53 買73.73
AUD 売89.54 買70.14

USDと比べてみても、
AUDの手数料がいかに高いかがわかります!


そこで、色々調べてみた結果、
安い方法で取引することができました。
この方法で一から実践するなら
最低でも1ヶ月前に始めましょう

私は旅行の2週間ほど前に始めて
大急ぎでがんばりましたが、
間に合いませんでした。
あと2日ほどあれば…悔しい!


方法とは、以下の通り。
①オンラインFXの口座開設
②みずほ銀行でAUD口座開設
③普通の銀行口座からFX口座に振込
④FXでAUDに両替
⑤AUDをみずほ銀行に振込
⑥みずほ銀行からAUDを出金

①はFX初心者にはちょっと難しい。
ネットでFX会社を比較し、決まったら
申し込み、書類提出などを経て口座開設。
私はひまわり証券にしました。

無事ログインしてからも用語がよくわからず、
手探り状態。

②みずほ銀行は被仕向送金手数料が
他の銀行より安いということで
近くの店舗でAUD口座を設けました。

外貨を取り扱っていない店舗では
店員さんもあまり慣れていないため、
口座開設や説明に少し時間がかかることがあります。

③自分名義の銀行口座をFX口座で
振込元指定すると、パソコンで簡単に
そこから振り込むことができます。

ただ、私の場合その指定口座にお金を入れておらず、
しかも急ぎだったので、
ATMを何件もはしごして
札束を指定口座に振り込まなければなりませんでした。

④やり方がわからず、色々と参照にしながら
AUDに両替しました。
達成感があります。

⑤みずほ銀行のAUD口座をFX口座に登録し、
そこへ出金処理します。
出金処理してから実際にお金が振り込まれるのに
5営業日くらいかかったと思います。

最短でやりたくても、
ここはどうにもなりません。

⑥これは予想外でした。
みずほのAUD口座に振り込まれると
すぐに取り出せると思っていたのですが、
実はみずほの店舗ではAUDの現金を普段もっておらず、
数日前に電話か店舗で
注文しておかなければならないのです!

次の日が出国だった私は、
この時点でアウト。
都心の大支店にも電話をかけまくったのですが、
どこも即日は無理ということで。。。


結構面倒くさいので、
やる気がなければへこたれてしまうかもしれません。
少額であればそんなに時間かけてまで…
と思うのが普通です。

でも、私は普通に両替するより
数十万円は節約できました。


この方法がベストだとは思いませんが、
長期旅行や留学のための資金を
両替する必要がある方は、
空港で普通に両替するよりは、
色々と試してみた方がお得ですよ!